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東京地方裁判所 平成3年(ワ)8644号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実中、被告が本件訴訟事件について原告に訴訟委任をしたこと、被告が丙川から借りる約束の金員(五〇〇〇万円)の中から原告が二〇〇〇万円を受領するとの合意の下に被告が原告と報酬契約を締結したことについて、被告はこれを初め認めたが、右自白を撤回し否認した。そこで、右自白の撤回が有効か否かについて検討する。

2(一)  被告は、同じ団体の支部長同士ということで丙川と知り合い、以後親しく付き合い、収入がなくなつて生活に困窮した際生活費の援助を受けるなど金銭の貸付けを受けていたところ、昭和五六年一月当時、右貸付金は四〇〇万円に達しており、その頃、原告に右債権の取立てを依頼した。被告の丙川に対する債務は、昭和五九年一月二六日現在、一〇四〇万円となつていた(被告が丙川から四〇〇万円を借りていたことは争いがない。その他の事実は《証拠略》)。

(二)  一方、被告は、夫である亡春夫の死亡後、同人の遺族から亡春夫の遺骨返還及び被告名義の不動産についてそれが遺産であることを理由にその引渡し等を裁判上求められ、第一審は敗訴し、昭和五六年一一月当時、その控訴審(東京高等裁判所昭和四九年ネ第二六五五号、同第二六七二号)が係属中であつた。被告は、昭和五六年頃、丙川から原告を紹介され、同年一一月二五日、原告に本件訴訟事件について訴訟委任をし、昭和五七年三月一七日頃、従来本件訴訟事件の被告代理人を務めていた丁原竹夫及び戊田梅夫両弁護士を解任した。以後、原告は、本件訴訟事件を単独で遂行するようになつた。

(三)  ところで、原告は、丙川の代理人として、被告に対し、昭和五七年五月頃、丙川のため同人が企図していた梓の森ゴルフ会社を買収するための資金及び本件訴訟事件の弁護士報酬その他の裁判費用として、合計五〇〇〇万円を被告から提供させることを約束させた(丙川と被告との間の右資金提供契約を以下「本件資金提供契約」という)。原告は、本件資金提供契約の実行方法として、丙川から被告に対し五〇〇〇万円を貸し付けた形式をとり、同額の金銭借用証書及び領収書を作成させ、右五〇〇〇万円の貸金債権を確保するため、被告所有の本件土地建物につき買戻約款付売買契約を締結してその旨の公正証書を作成し、同月二六日、同日売買を原因として右土地建物の所有権移転仮登記を経由した(以上一連の事務は丙川の代理人として原告が処理した)上、同年六月一五日、被告から本件訴訟事件を受任し、同日、被告との間で本件訴訟事件の成功報酬を二〇〇〇万円とする旨の報酬契約を締結した。

(四)  原告は、丙川の代理人として、(一)記載の一〇四〇万円の貸金の借用証書を作成した際、丙川から本件訴訟事件の着手金として三〇〇万円を受領した。

(五)  原告は被告の訴訟代理人として本件訴訟事件の遂行に当たり、昭和五九年一二月二一日被告勝訴の控訴審判決が言い渡され、終局的には平成元年一〇月三日上告棄却により確定した。

(六)  ところが、右控訴審判決に対する上告審係属中の昭和六一年六月一六日頃、原告は、丙川の代理人として、同日付内容証明郵便をもつて、被告に対し、丙川が被告に対し本件物件に関し五〇〇〇万円及び一〇四〇円の貸付金を有するところ、本件物件を八〇〇〇万円と評価し、二か月後に右債権を精算した差額を支払い、仮登記について本登記手続をするので、右完了と同時に本件物件から退去して引き渡せ、と通知した。

3  以上の事実によれば、被告は、昭和五六年一一月二五日、原告に対し本件訴訟事件の訴訟委任をし、昭和五七年六月一五日、右訴訟委任にかかる報酬を二〇〇〇万円とする旨の報酬契約を締結したものといえる。

そうすると、被告のした自白は、真実に反し、かつ錯誤に基づくものとはいえないから、その撤回は無効であり、被告が本件訴訟事件について原告に訴訟委任をしたこと、被告が丙川から借りる約束の金員(五〇〇〇万円)の中から原告が二〇〇〇万円を受領するとの合意の下に被告が原告と報酬契約を締結したことは、当事者間に争いがないことになる。

そして、その後、本件訴訟事件の控訴裁判所は被告勝訴の判決を言い渡し、右判決は上告棄却により確定したから、被告の原告に対する訴訟委任の目的は達成されたといえる。

4  しかし、原告は、一方において、丙川の代理人として、丙川のために被告との間で本件資金提供契約を締結し、これを丙川の被告に対する五〇〇〇万円の貸付金に振り替え、その債権保全のため、被告所有の本件土地建物について買戻約款付売買契約を締結してその旨の公正証書を作成し、同月二六日、同日売買を原因として右土地建物の所有権移転仮登記を経由するなどの事務手続を行つており、また、右五〇〇〇万円には本件訴訟事件の弁護士費用が含まれるのであるから、本件においては、被告が丙川に五〇〇〇万円の資金提供をし、丙川がその中から原告に対し本件訴訟事件の弁護士報酬として二〇〇〇万円を支払う旨が右三者間で合意されたものというべきであり、被告が丙川に対する五〇〇〇万円の資金提供とは別に、原告に対し直接本件報酬金を支払うことは予定されていなかつたというべきである。そして、原告と被告との間に報酬金額を二〇〇〇万円とする旨の報酬契約を締結しているのも、単に右五〇〇〇万円のうちで原告が受け取るべき報酬金の額を確認した趣旨にすぎないと解すべきである。このことは、本件訴訟事件の原告に対する着手金三〇〇万円が丙川から原告に支払われていること、原告が被告に対し、丙川の代理人として前記一〇四〇万円の貸付金のほか、右五〇〇〇万円の貸付金金額(本件報酬金相当額を除く三〇〇〇万円ではなく)の支払を求め、本件土地建物に設定された所有権移転仮登記の本登記手続と本件土地建物の明渡しを求めたことからも裏付けられるというべきである。

5  したがつて、原告は、丙川が被告に対して有する前記貸付金債権を代位行使し得る余地があることは別として(しかし、本件においては、丙川が無資力である旨の主張・立証がなされておらず、かつ、丙川は前記貸付金債権の行使をしているから、債権者代位権の行使を認めることもできないであろう)、直接被告に対し、本件報酬金の支払を求めることはできないというべきである。

二  抗弁1(公序良俗違反)について

1  念のため、仮に原告と被告との間に、本件報酬金を被告から原告に支払うべき旨の報酬契約が成立したと解した場合に、右報酬契約が公序良俗に違反し無効といえるか否かについて検討しておく。

2  前記認定のとおり、原告は、被告から本件訴訟事件の受任を受けるに先立ち、丙川から、被告に対する資金の返還及び丙川が企図していた梓の森ゴルフ会社の買収の資金として被告から多額の資金を提供させる旨の依頼を受け、もつぱら丙川の代理人として、被告との間で本件資金提供契約を締結させた上、右契約上の債権を保全するため、被告所有の本件土地建物につき買戻約款付売買契約を締結して、所有権移転仮登記を経由するなどの手続を履践していたのである。ところで、本件資金提供契約により被告が丙川に提供すべき五〇〇〇万円のうちに本件訴訟事件の弁護士報酬が含まれていることは前記のとおりであつて、このことから考えると、原告が丙川の紹介で被告から本件訴訟事件を受任したことと丙川からの依頼に基づく本件資金提供契約の締結及びその後一連の被告を相手方とする債権保全措置は、きわめて密接に関連するものといえる。むしろ、原告は、被告の代理人として本件訴訟事件を勝訴に導き、本件土地建物を被告に取得させた後、今度は丙川の代理人として、本件資金提供契約に基づく貸金及びその他の貸金債権の実行のため、被告に対し、本件訴訟事件の勝訴により被告が取得した本件土地建物の所有権を取得する旨を通知し、もつて、被告が本件訴訟事件により得た利益をすべて奪おうと企図したものというほかならない行動に及んでいることからすれば、原告が被告から本件訴訟事件の遂行を受任したのは、これを丙川の被告に対する前記債権の回収の一手段とすることを目的としていたものというべきである。

3  そうすると、本件訴訟事件は、弁護士法二五条により職務を行うことが禁止されている「相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの」(二号)ないし「受任している事件の相手方からの依頼に基づく他の事件」(三号)に該当することは明らかであつて、本件訴訟事件の受任及び報酬契約の締結は、依頼者の権利の擁護という弁護士の基本的債務に著しく背くものというべきであり、公序良俗に反するものとして無効と解するのが相当である。

三  よつて、その余の抗弁事実について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないことになるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中俊次)

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